嘘のない、本当の感情を乗せて演じた
本作『くちづけ』は、主演の一人である宅間孝行が自身の主宰劇団「東京セレソンデラックス」(2012年解散)のために書き下ろした作品だ。新聞のニュースで知った実際の事件を題材にしている。知的障害であるがゆえに直面する厳しい現実と、全身全霊でその子(人)を愛する家族たちとの絆が、笑いと涙を織り交ぜながら描かれていく。舞台を見て「感動した」堤幸彦監督がメガフォンをとった。
撮影に入る前に知的障害者が暮らすホームを訪ねたという貫地谷、「知的障害者といってもさまざまな個性の方々がいます。ホームで実際にお会いすれば、模範とするタイプを絞れるかもしれないと期待して伺ったのですが、想像以上にみなさん個性的で選択肢が多すぎて、逆に悩んでしまいました」。最初のシーンを撮影する直前まで悩んだという。しかし、ホームで障害者の家族やスタッフに、これまでに知的障害者に関する作品は「現実を現実として描けていないものもある」との厳しい意見をもらっていたことから、「ありのままを表現するしかない。その中で父と娘の当たり前の愛の物語を伝えていかなければ、誠意をもって取り組まなければ」との思いが根底にあった。「障害者の家族だけではなく、介護をしている方々も多くいらっしゃいます。毎日を共に過ごすってすごいことだと思うんです。時には大きな心で相手を見てあげられないこともある。相手は悪気があるわけではなく、楽しんでいるだけなんだと(演じる)ピュアな姿を見てもらうことで、少しでも心が軽くなってもらえればいいですね」。重いテーマを扱っているものの、主人公たちのピュアな部分が作品に可愛らしさを与えている。
「私たち役者は、作品ごとにリアリティは違っていますが、作られた世界で役に本当の感情を乗せなければならない。言葉で説明するのは難しいですけれど。マコは嘘のない子なので、今回は特に、嘘の感情を乗せたくないと強く思い、意識して演じました」
撮影は物語の進行と同じ順番で行われた。徐々に深刻さが増す中、マコといっぽん(父親役:竹中直人)にとっての最後のシーンでは「マコとしては幸せなので、泣いてはいけなかったんですが、カットがかかった瞬間大泣きしてしまって。何度か同じシーンを撮るので、泣いて、メイクを直して、竹中さんと見つめ合って撮影して、また泣いてを繰り返していました。最後は辛かったですね」。嘘のない本当の感情を乗せて演技したからこそ、撮影終了後は「お父さん(いっぽん)に申し訳なくて、その場から早く離れたくて、すぐ帰ってしまいました。後から竹中さんに『すぐ帰っちゃったね。一杯行きたかったのに』って言われちゃいました(笑)」
撮影が終了して8カ月ほど経った今でも、思い出すと泣けてくるという。「まだ終われてないと言うか、思い出にできていない作品で、客観的にまだ観られないですね」