1961年東京都生まれ。北海道大学大学院准教授。農学研究院環境資源学部門/生物生態・体系学分野/動物生態学研究室所属
長谷川氏は前著『働かないアリに意義がある』で、真社会性生物の代表ともいえるアリの生態を分かりやすく説きながら、人間社会の存続について考える材料を提示した。
今作では、生物の世界では自然に起こり得る、しかし人間社会では滅多に語られることのない「縮みゆく世界」について語り、現在の国、企業、個人の在り方、生き方を考える機会を提供している。
「経済学は、基本的に成長し続ける世界しか考えていません。縮む世界・成長しない世界については考えない。だから行き詰まった現在の状況下で、どうすればよいのか分からなくなっているのです。しかし、『最終的には縮んでゆく世界とか、大きくならない世界で生き延びる術はある。拡大する世界適合戦略ではなく、他の方法があるのではないか』といったことを考えたくて、今回のテーマを選びました」
グローバル化を叫び、海外市場の開拓を推奨する経済学の考え方に一石を投じる形になるが、前作も今作もどうしたらどうなるかという話で、どれが正しいというわけではないという。
「科学が根拠にあるので、『ある状況である行動を取ると、結果こうなる』と言っているだけです。科学は何かの善し悪しを決めるものではありません」
社会の存続には個々の幸せが不可欠
本文中にはさまざまな生物の例が挙げられている。繰り返し語られるのは“個”の存在だ。“集団”と“個”の関係が重要なポイントとなっている。
「人間でも生物でも、個体が良い状態になるために集団が形成されるという順序なんです。集団のために個が存在するのではありません。生き物は遺伝子が残らないことは絶対にしません。個体同士・集団同士が協力関係になる時は、必ず個体が得をする時です。個体が得をしないと、集団が維持できないのです。人間社会も同様で、一人ひとりが幸せになれない社会は長続きしません」
幸せとは感情的なもので、個々の価値判断だ。生物でいう“得”と同質なのだろうか。
「人間はお金のために生きているわけではない。では何のために生きているか。それは幸せになるためだと思います。生物が遺伝子を残す量を最大化するために行動するのと同じで、人間の場合は、最も幸せになるように行動すると考えても不思議ではないでしょう」
集団が大きくなれば、個々の幸せを担保しにくくなる。集団の大きさ、集団が活動する範囲が広がることは、その集団の消滅につながるという。
「前作でも触れましたが、集団の境目が広がると最も利己的な個体が残ります。多様な生き方が無くなっていくのです。アリでも集団を大きくできる空間を得た場合、一気に個体数を増やす方向に向かいますが、空きが無く増えていけないような場所では持久力を高めます。繁殖サイクルが長くなる方が遺伝子を残すためには有利になるんです」
人間は繁殖ができるようになるまでに、早くとも10数年かかる。他の生物と比較すると異常に長いという。アリの行動と照らしてみると、人間は元来、縮むとまではいわないまでも、成長しない世界に適した生態を持っているといえるだろう。まして、近年は晩婚化、少子化と、繁殖サイクルの長期化、個体数の減少が進んでいる。空きがなくなった世界に順応しているように思える。