『奥さまはCEO』というタイトルを聞いて「懐かしい」と思った人も多いだろう。80年代まで幾度となく放送された『奥さまは魔女』。「ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。でも、ただひとつ違っていたのは……奥さまは魔女だったのです!」。夕方、テレビからこのナレーションが流れるとワクワクしたものだ。また70年から1年間放送され、ラブコメディの祖ともいわれた『奥さまは18歳』。いずれも、奥さまは魔女、奥さまは高校生(しかも夫が教師として勤める学校の)とあり得ない設定だ。
『奥さまはCEO』はIT系ベンチャーに新入社員として入社した男子社員と、美貌も備えた敏腕女性経営者との恋を描いている。女性経営者が社員と恋に落ちること自体はあり得ないこともない、しかしそれが10歳以上も年下の新入社員となると話は別だ。
「基本的に悪意が存在しないコメディを現代の企業を舞台に展開したら面白いのではないかと思いついたことがこの小説を書くきっかけでした。『奥さまは魔女』も『奥さまは18歳』も小さいころ好きで見ていましたから、コメディならあり得ない設定が必要だろうと思いました」と鎌田氏は「ローソン公式アプリ」で本作を書き始めた頃を振り返る。
現代の企業を描く。現代=平成にあって、昭和になかったものはなんだろうかと考えた時、代表的な現象として「女性の社会進出」が浮かんだという。仕事ができる女性と、たいして仕事のできない男性がカップルになっていることをしばしば目の当たりにしてきたことも、今回の設定に繋がった。
「男女関係のパラダイムが大きく変化しようとしている気がします。予測ですが、女性の経営進出が増えるにつて、男性の家事進出も静かに増えていくだろうと見ています。女性が活躍するためには誰かが支える必要がありますから」
タイトルは昭和の香りがたっぶりだが、内容は「今」の「リアル」を切り取っている。
「ストーリーのヨコ糸は実体験に基づくものばかりです。成長する企業は経営者はじめ皆が懸命であるばかりにさまざまな問題を引き起こします。成長という果実を得るためには副産物が産出されます。それは他人の犠牲だったり、説明のつかない矛盾だったりするんですが、その副産物が傍から見ると滑稽なんです。本人たちは懸命ですから気付きませんが」。自ら起業し、上場企業にまで成長させた経験のある鎌田氏だからこそ描き得た物語だ。
ストーリー内には鎌田氏曰く「ズッコケネタ」がちりばめられ、物語をテンポ良く進めている。これらのネタも成長企業の経営者たちから見聞きした実際の出来事をアレンジしたものだ。細かな部分にも鎌田氏にしか描けなかった要素が詰まっている。
「コメディの形を取っていますが、描きたかったのは経営者の心理です。当事者にしか描けないことですから。経営とは基本的にシビアです。一種、無機質で冷たい。しかし完全に冷たくもなれません。そんな情と理に揺れる心情・風景を描きたかったんです。そこそこ成功したと思います」
設定こそ「あり得ない」が、内容はどこまでも「リアル」。『奥さまはCEO』は新ジャンルのビジネス書といえるかもしれない。
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『奥さまはCEO』 著者:鎌田和彦氏
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